模疑夜間演習
昭和六年満州事変が勃発して皇軍は満州に征戦を進めている、本年二月には上海事変が起り爆弾三勇士を生んだ。
国民の軍事意識を高揚すると共に、近代戦の様相を認識させる為め、竜山師団練兵場で模疑夜間演習が行われた。
私はこの演習に統監部通信兵として参加したので、全般の状況がわかって面白かった。
敵はなまこ山に頑強な陣地を構築しており、友軍は練兵場を隔てて西部無線電台の森中に攻撃準備を整え日没を待っている。
月のない真闇の夜だった。友軍は日没とともに練兵場に出て展開した。練兵場の半まで進出した時説明用の照明弾が打ち.上げられた。敵陣の様子、接敵する部隊の配置等が、昼をあざむく照明弾下に手にとる様にわかった。
西側並びに南北両高地には近代戦を見んものと、遠く水原、仁川あたりからも来て数万の群衆が鈴なりになって、固唾を呑んで説明を聞いている。
照明弾は消えて又闇の夜にもどった。時折銃声が聞える、友軍の斥候を敵の歩哨が射ったのであろう。
部隊は葡匐前進して、三ケ班の鉄条網破壊班が出された。敵は照明弾をあげて鉄条綱破壊班を射撃する、友軍の機関銃、擲弾筒が敵の機関銃を制圧する。友軍の支援下に突撃路は開かれた。
照明弾は消えた、ひとしきり友軍砲兵の支援射撃があって、敵陣の潰乱に乗じて友軍が突入して白兵戦を演じた。
男たちには夏の夜の涼みを兼ねて流飲の下りる見ものであったが、婦人の中には異国の土地に野末の露と消えてゆく兵隊さんが可愛そうだと泣くものもあった。